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北京五輪開会式での花火の一部はCGだった


foot print

(Written by sunshine)


「北京オリンピック開会式」で、複数の花火を同時に打ち上げ「足の形」を形どった「花火ショー」については、放送向けのCGだったという記事が、8月10日付けのイギリス「テレグラフ」に掲載された。


これによれば、「北京タイムス」からの暴露記事の引用として、下記のような内容になっている。


「開会式のビジュアル・エフェクトを担当したGao Xiaolong氏は、気象庁からの依頼により、開会式当日の気象条件、上空でのスモッグ、カメラのブレ等々の悪条件が当日の映像に反映されないよう、1年前から放送用のCG(コンピューター・グラフィックス)を作成し、それを流したと語った」

http://www.telegraph.co.uk/sport/othersports/olympics/2534499/Beijing-Olympic-2008-opening-ceremony-giant-firework-footprints-faked.html


欧米メディアの「開会式」の感想記事をざっとのぞいてみたが、押し並べて「スケールが大きくて素晴らしかった」という肯定的な記事が多く、しいて否定的な記事と言えば上記のことぐらいだった。特にアメリカ人は大掛かりでスケールの大きなことが好きなので、あのようなマッチョ性の強調、タイチ(Tai-Chi)のパフォーマンス、圧倒的な参加者のマスゲーム、カラフルな原色による華麗な衣装などはまさにディズニーランド文化、ハリウッド文化に染まった彼らの心を打つものだったようだ(笑)。

「爆竹文化」の中国である。最初から最後まで、「ドン、ドン、ドン、ドドン」ととにかく、「ほら見ろ」と言わんばかりの広大な範囲にわたる打ち上げ花火の連続には世界中の人たちが度肝を抜かれたことだろうと思う。そこで、一部欧米ブログの中には、「あんなファイアー・ワークスは絶対にありうるはずがない」との意見も色々書かれていたが、そこへ持ってきて「わたり船」のこの記事である。


これについては、私自身は「中華民族100年の夢の実現のための健気な、涙ぐましい努力」と思う程度だ。


しかしそれよりも、私が注目していたのはスティーブン・スピルバーグが今年2月、このオリンピック開会式と閉会式の芸術顧問(アドバイサー)を突然辞退したことの影響はどの部分で見られるのだろうかということだった。私もそれについては下記のようなことを6月にこのブログで書いているので、これに対する結果という意味で、書きたいと思う。

http://ameblo.jp/sunshine-berkeley/day-20080624.html


(開会式の演出自体は、今さらここで私が書くまでもなく、他のアメーバ・ブロガーも下記のように書いているのでカットする:http://ameblo.jp/sukunabikona28/entry-10125145835.html  )


開会式を見ていてすぐに分かったのは、音楽分野が弱いということだった。ショーの持つストーリー性、スケール感、色彩感覚といったビジュアル面の圧倒さに比べ、音楽面ではストンとエネルギーが落ちる。そんな感じだった。スピルバーグは映画監督だが、ジョン・ウィリアムスという作曲家との名コンビぶりで、また彼自身も音楽好きということで有名だ。そこで彼が抜けた影響は、もしかしたら音楽面に表れているのではないかと思った。


中国人の歌手が歌い、欧米でも有名なピアニスト、ラン・ランが子供と演奏し、映画音楽でグラミー賞を取ったタン・ダンが作曲した曲をシンフォニーが演奏し、子供達が大会のテーマソングをギリシア語で歌う。そして5大陸の民族音楽に合わせて選手たちが入場する。どれを見ても、他の分野でのほぼ完璧とも言える演出に比べ、なんとも「芸」のない、見劣りのする演出だった。素材を生かし切れていないという点において。


PA(音響)設備が悪く、放送でよく聞こえなかったということもあるかもしれないが、「国境を越えて人類がひとつになる」というのがオリンピック精神であるのなら、なぜあの世界的に有名なチェリスト、ヨーヨー・マを起用しなかったのか。ヨーヨー・マはオペラ歌手だった中国人の母親と指揮者で作曲家の同じく中国人の父親との間にパリで生まれたが、7歳の時、彼の音楽教育のため両親はアメリカに移住した。彼の両親がパリへ移住したのも、実は子供たちの教育のためだったと聞いている。彼は又、自分が中国系であることを大変誇りにしており、中国語も話すし、中国文化に対する造詣も大変深い。


たとえば、タン・ダンの作曲した曲をラン・ランとヨーヨー・マが演奏する。また5大陸の民族音楽をああいう形で演奏するのではなく、それぞれの音楽的エッセンスをブレンドさせて、たとえばヨーヨー・マがピアソラの「リベル・タンゴ」をアルゼンチンのミュージシャン達と共演したように、ああいった形の面白い音楽をつくるというようなことができたのではないか。おまけにヨーヨー・マはハーバード大学で人類学の学位も取得している。これ以上、”オリンピック”の精神性を表現するにふさわしい音楽家はいないのではないか(笑)


ラン・ランもタン・ダンも中国生まれだが、アメリカで音楽教育も受けている。また日本人の衣装デザイナー、エイコ・イシオカも衣装を担当した。このことを思えば、中国系の音楽家で世界最大の“スター”、ヨーヨー・マを4年に1度のオリンピックという大舞台で起用しない方が普通に考えればおかしい。その理由は、私の推測だが、もしかしたらスピルバーグが芸術顧問を降りたからではないのか(このように言っている音楽関係者は実は多いのだ)。


ヨーヨー・マはソニー・ミュージック所属であり、彼の窓口は副社長が直々に行っている。2001年には「 National Medal of Arts and National Humanities Medal Awards」で彼の大ファンというライス(国務長官)がピアノで彼と共演し、2008年1月25日、スイスのダボスで開催された通称「ダボス会議」でも演奏した(笑)。


Yo-Yo

「ダボス会議」で演奏するヨーヨー・マ(Ma plays the cello during the 'Presentation of the Crystal Award' at the Annual Meeting 2008 of the World Economic Forum in Davos, Switzerland, January 25, 2008.)

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これらのことを思えば、もしスピルバーグが芸術顧問をやっていたなら、「オリンピックではベストを尽くす」 と言っていた彼のことである。”世界的チェロ奏者”、ヨーヨー・マを出さなかったはずはないではないかと思う(それともヨーヨー・マがもろに欧米”パワー・エリート”のソサエティーにいると思える人なので、あえて中国は出さなかったのか?)。


なお、選手入場の際の音楽には、正直言って「何だ、これは?」と思い、そのセンスのなさに少々がっかりした。あれこそ理念主義というものだろう。「多文化・多元主義」というオリンピックの理念が先行しすぎるあまり、音楽的センスがすっぽりぬけおちている。それが正直な感想だ。


特にあれほどのスペクタクルなショーを見せた後に、アフリカのドラムスの音でギリシア選手団が、南米・アンデス地方の音楽でノルウェー選手団が、イスラム音楽でフランス選手団がそれぞれ会場にはいるなど、全くちぐはぐな現象が起きたりしたが、あれはまさにジョークとしか言いようがなく、それまでのきちんとしたショー構成が一気に崩れてしまった感がした(選手たちのあのタラタラした入場の仕方も何とかならないものかと思ったものだ)。


余談だが、あの開会式でのタイチを見た外国人達は、中国人も日本人も同じようなものだと思っている人が多いため、ますます日本人を見たら、皆、あのような武道ができると思ってしまうだろう(笑)。

http://en.wikipedia.org/wiki/Yo-Yo_Ma







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